大判例

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熊本地方裁判所 昭和31年(わ)615号 判決 1961年11月15日

被告人 浦正武

大一〇・一・六生 国鉄職員

野尻光成

大一〇・八・二八生 国鉄職員

主文

被告人浦正武を懲役十月に、

同 野尻光成を懲役八月に処する。

但し、この裁判確定の日から各五年間、右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人浦正武は、当時、日本国有鉄道労働組合中央本部斗争委員、同野尻光成は同労組熊本地方本部大牟田支部長であつたが、同労組が昭和三十一年夏、新賃金二千円アツプ等を要求して全国的な夏季斗争を展開するや、同労組熊本地方本部大牟田支部においても中央並に地方本部からの指令に基き、第一波斗争として昭和三十一年七月十七日から同月二十一日迄管内の予め指定された駅において毎日約一時間半の予定で勤務時間内の職場大会を開催すべきことを決定し、同月十八日は午前八時頃から国鉄荒尾駅職員休憩室において職場大会を実施し、両被告人共その指導統制に当つたものであるところ、同日午前八時十二分頃、それから間もない午前八時二十分三十秒に同駅通過予定の上り一一八六臨時貨物列車があつて同列車の通過に必要な閉塞器の操作等同駅第一ホーム所在の運転室における緊急な運転業務が控えているのに拘らず、被告人野尻の慫慂もあつて右業務を取扱うべき運転係竹泉勝がその職場を放棄して前記職場大会に赴いたゝめ、予めかゝる事態の発生に備えて同駅々長山田昌一から当日の運転係の職務を代行すべき業務命令を受けていた同駅助役前原章(当四十七年)が閉塞器を操作すべく急遽運転室に至るや、被告人野尻において同助役の後を追い被告人浦も殆どそれと同時にいずれも該閉塞器の操作等を阻止妨害する目的でそれぞれ故なく同駅長の管理する運転室に侵入し、午前八時十六分頃、同室内大牟田駅寄り閉塞器前附近において、同助役が当日は偶々非番日に当つていたところからその職務執行は労働基準法違反である旨説得抗議することに藉口して、これを阻止すべく、被告人両名共謀の上、前記列車を通過させるべく閉塞器を操作しようとする同助役に対し、その面前に立ちはだかつて交々上体や腰や手を使つて同助役の身体を押しのけたり、はねのけたりの暴行を加え、更に同助役を応援するため急遽運転室に駆けつけた同駅助役西田泉(当五十二年)が被告人らの虚を衝いて右閉塞器の操作に取りかゝるや「あんた、なんかな、なんかな」と言いながら同助役に詰め寄つてその右手先附近を交々片手で押えて暴行をなし、もつて右両助役の公務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人らの判示所為中住居侵入の点は各刑法第百三十条に、公務執行妨害の点は各同法第九十五条第一項、鉄道営業法第三十八条、刑法第六十条に該当するが、各被告人につき、住居侵入罪は公務執行妨害罪及び鉄道営業法違反の罪と互に手段、結果の関係に立ち、公務執行妨害罪と鉄道営業法違反の罪とは一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該当するので、同法第五十四条第一項前段、後段、第十条により結局犯情の重い公務執行妨害罪によつて処断すべく所定刑中懲役刑を選択しその所定刑期範囲内で被告人浦正武を懲役十月に、同野尻光成を懲役八月に処し、同法第二十五条を適用してこの裁判確定の日から各五年間、右各刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条に則り全部被告人両名の連帯負担とする。

(弁護人らの主張に対する判断)

一、先ず弁護人らは、本件建造物侵入罪の成否につき、被告人両名において、運転室に立入る段階においては、いずれも閉塞器の操作妨害等不法な目的を有しなかつたのであるから侵入罪は成立しない旨主張するので考えてみる。

両被告人の運転室立入り前後の事情につき、前顕証人前原章の各証拠によれば、野尻被告人は、閉塞器等の操作目的のため運転室北側入口附近ホーム上に駆けつけた前原助役に対し、右事情を知りながら、「非番の助役が何しに来たか」等と言いながら執拗に同助役の入室を妨害する気勢を示し、「駅長の業務命令で来た」旨の同助役の主張も敢て無視する態度に出たこと及び同被告人を振切つて入室した前原助役の後を追つて直ちに本件立入り行為を敢てし、引続き、閉塞器を操作しようとする同助役を何とか阻止しようとする態度に出たことが認められる(右認定に反する前掲野尻被告人の証拠は措信しない)ところからすれば、同被告人の運転室立入り行為が閉塞器阻止の目的に出たもので、右目的が管理者たる駅長の許諾を得られない性質のものであることは明白である。一方、右証人前原関係の証拠、成田久男に対する証人尋問調書、城英明の検察官に対する供述調書及び当裁判所の検証調書を綜合すれば、浦被告人は、運転室の北方約五七・三メートルのホーム上から運転室へ赴く前原助役の後を追つたが、その入室以前において、時間的にも距離的にも運転室北側入口附近ホーム上或は同室内における野尻被告人と前原助役間の押し問答の模様を充分見聞しており、既に両者の企図するところを知悉していたことが窺えるのであつて、この事実と浦被告人の当時の地位並に判示のような室内での閉塞器の操作妨害の所為を併せ考えれば、同被告人において入室当時右妨害目的を有していたことは容易に推認できるところである。

してみれば、右両被告人の各立入り行為が所詮管理者たる駅長の許諾を得られない性質の目的に出た以上、同運転室の平素の使用関係の如何を問わず、住居侵入罪が成立することは当然であるから、この点の弁護人の主張は理由がない。

二、次に弁護人らは、前原助役は当日非番であり、駅長の同助役に対する閉塞器操作の業務命令は労働基準法違反であるから、同助役の職務執行は違法であり従つて公務執行妨害罪は成立しない旨強調するので以下この点につき逐一判断する。

前掲前原章及び山田昌一の検察官に対する各供述調書によれば、七月十八日当日前原助役は非番日であつたが、判示のような非常事態に備えて当日朝山田駅長が前原助役に対し、勤務時間外における閉塞器操作等の業務命令を発し、同助役は右命令を適法なものと信じ、それに基き、本来の勤務時間外において閉塞器の操作にかゝつたことが認められる。

ところで先ず駅長の同助役に対する右業務命令の適法性につき、検察官は、同助役は労働基準法第四十一条第二号所定の「監督若しくは管理の地位にある者」に外ならず労働時間等に関する同法上の規定の拘束を受けないと主張するのに対し、弁護人らはこれを争い同助役の就労は同法第三十六条所定の協定に基かない限り違法である旨抗争するので考えるに、同法第四十一条第二号の「監督若しくは管理の地位にある者」とは労務管理上経営者側の利益を重視し、経営者と一体的な立場に立つて労働者に対する各種労働条件を決定施行し、且つその職務の性質上労働時間等の規定を厳格に適用するのが適当でない労働者を指称し、その範囲は、公共企業体等労働関係法施行令第一条の別表掲記の非組合員の範囲と比較して、後者が公共企業体の公益的特殊性に鑑み専ら企業主体の立場から巾広く規定されているのに反して、労働基準法の精神に則りそれより遙かに狭く解釈さるべきは当然であるが、所詮は個々の労働者の職務内容を実体的に観察して決定する外はないと解すべきところ、一件記録に明らかなとおり、前原助役の出退社は時間的に一応拘束され、時間外労働に対しては同法所定の超過賃金が支払われ、いわゆる管理職手当の支給も受けてないことその他国鉄荒尾駅の規模、助役の数と職務内容等諸般の事情を総合勘案すれば、前原助役は労働基準法第四十一条第二号所定の「監督若しくは管理の地位にある者」に該当するとは解せられず、同法第三十六条所定の協定についても証人森秀吉、同池田光利の各証言によれば当時国鉄当局と国鉄労働組合間の同条協定は破棄された状態にあつたことが明らかである。してみれば同助役の本件閉塞器の操作は同法第三十二条所定の法定時間を超えてなされた就労行為に外ならず、それを命じた駅長の業務命令は右考察の限りにおいては労働基準法に違反するものといわなければならない。

しかしながら労働基準法に違反する業務命令を受けてなされた前原助役の就労行為がそれなるが故に直ちに刑法上公務執行妨害罪として保護さるべき適法性を失つたか否かについては亦自ら観点を異にすべき問題というべきであるから、この点につき更に進んで考えると、およそ公務員が抽象的職務権限に属する事項に関し、それが真実適法な職務であると信じ且つ法令に定められた方式を遵守して為したものである以上、当該職務の執行に関する各種具体的条件についての法規の解釈適用に誤謬があつても、右誤謬が著しく常規を逸したものでない限り、一応適法な職務行為と解すべきが相当であるが、これを本件につきみると、助役は運転考査を経ているところから閉塞器操作の抽象的権限を有し(前掲前原章、山田昌一、西田泉の各証拠)、前原助役は、形式的には運転従事員職制及服務規定所定の駅長の助役に対する指揮監督権の発動としての業務命令を受け、それが適法なものと信じて行動したものである以上当時の状況を彼此考え併せれば、同助役が閉塞器を操作するにつきその職務の一応の適法性に欠けるところはないというべきであつて、この点、国鉄労働組合が当時斗争戦術の一として時間外労働の拒否を唱え(証人森秀吉の証言)、或は両被告人が本件各犯行に際して前記駅長の業務命令ないし同助役の閉塞器操作の職務の各違法性を説いてこれを阻止しようとした事実があつても同助役の職務の前記のような適法性を失わしめるものではないのである。

以上説示のとおり、この点の弁護人らの主張も亦当裁判所の採用しないところである。

三、更にまた、弁護人らは、仮定的に、本件程度の所為は所詮正当な労働組合運動の範囲を超えるものではないから、労働組合法第一条第二項によりその違法性が阻却される旨主張するので考えるに、判示のような国鉄労働組合の勤務時間内の職場大会及び右大会の効果を実効あらしめるためそれに附随する一連の行為、例えば本件運転室立入り行為や室内における説得ないし閉塞器の操作を阻止する行為等は、いずれも怠業ないし国鉄業務の正常な運営を阻害する争議行為として公共企業体等労働関係法第十七条第一項により全面的に禁止されているのみならず前認定のような国鉄労組の夏季斗争の規模と背景、本件各犯行及び職場大会の各目的、時期、態様その他諸般の事情を綜合勘案すれば本件各犯行が労働組合法所定の正当性の範囲を超えたものであることが明らかであるから、結局この点の弁護人らの主張も採用できない

(裁判官 安東勝 松本敏男 鍋山健)

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